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東京高等裁判所 平成6年(行コ)76号 判決

控訴人(原告) 鈴木祐子 外一八六名

被控訴人(被告) 建設大臣

主文

一  本件各控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  控訴人ら

1  原判決中控訴人らに関する部分を取り消す。

2  被控訴人が平成三年三月八日東京都に対してした建設省告示第四八六号に係る都市計画事業の認可を取り消す。

3  被控訴人が平成三年三月一一日首都高速道路公団に対してした建設省告示第五〇三号に係る都市計画事業の承認を取り消す。

4  訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文同旨

第二当事者の主張

当事者双方の主張は、次のとおり付加、訂正、削除するほかは、原判決の事実摘示「第二 当事者の主張」欄に記載のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決三枚目裏七行目から同八行目にかけて、同九枚目表一行目から二行目にかけて及び同一〇枚目表一〇行目から一一行目にかけての各「別紙原告目録の」から「原告ら」までを、いずれも「別紙控訴人目録の控訴人番号一ないし一八五の控訴人ら」に改める。

二  同四枚目表六行目の「別紙原告目録の」から同末行までを「別紙控訴人目録の控訴人番号一八三及び一八四の控訴人らは本件各事業の事業地内に土地を所有しており、同番号一八五ないし一八七の控訴人らは、同事業地内にある建物を賃借している。」に改める。

三  同四枚目裏三行目及び同五枚目表五行目から六行目にかけての各「別紙原告目録の」から「原告らは、」までを、いずれも「別紙控訴人目録の控訴人番号一ないし一八二の控訴人らは、」に改める。

四  原判決九枚目裏一〇行目の次に、改行して次のとおり加え、同末行の「3」を「4」に改める。

「3 控訴人らのうち、本件各処分に係る事業地内に不動産に関する権利を有しない者の原告適格の有無を判断するに当たっては、最高裁判所平成四年九月二二日第三小法廷判決(いわゆるもんじゅ事件判決)が参照されるべきである。

すなわち、同判決は、取消訴訟の原告適格について規定する行政事件訴訟法九条の「法律上の利益を有する者」とは、「当該処分により、自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうのであり、当該処分を定めた行政法規が、不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には、かかる利益も右にいう法律上保護された利益に当たり、当該処分によりこれを侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者は、当該処分の取消訴訟における原告適格を有するものというべきである。」としている。

ところで、本件各処分は、直接的には、法五九条二項及び三項に基づくものであるが、法六一条は、事業の内容が都市計画に適合することを許可又は承認の要件とし、ここにいう都市計画は法一三条の都市計画基準を満たした適法な都市計画を指すものと解されるから、都市計画基準を定める法一三条も、本件各処分の根拠法規である。そして、法一三条一項四号は、道路を含む都市施設に関する計画基準として、「土地利用、交通等の現状及び将来の見通しを勘案して適切な規模で必要な位置に配置することにより、円滑な都市活動を確保し、良好な都市環境を保持するように定めること」を掲げているし、同条一項は、各号列記以外の部分において「当該都市について公害防止計画が定められているときは、都市計画は、当該公害防止計画に適合したものでなければならない」と定めている。

法一三条一項四号が、都市施設を建設する都市計画基準として「良好な都市環境の保持」をあえて規定し、その要件を満たした都市計画に適合する都市計画事業に対してのみ法五九条二、三項の承認、認可を与えることとしたのは、当該承認、認可を通して、当該都市施設周辺住民の良好な都市環境を保持し、ひいては周辺住民の生命、身体を保護しようとしたものにほかならない。

また、法は、その一三条一項各号列記以外の部分において、公害防止計画の定められている地域においては、「都市計画は、当該公害防止計画に適合したものでなければならない。」としているところ、現に東京都においては公害対策基本法に基づき内閣総理大臣の承認を得た東京地域公害防止計画(なお、環境基本法の施行に伴う関係法律の整備に関する法律三条により、この計画は、環境基本法一七条の公害防止計画とみなされる。)が策定されており、ここにいう公害とは、公害対策基本法二条により、「事業活動その他の人の活動に伴って生ずる相当広範囲にわたる大気の汚染、水質の汚濁(括弧内略)、土壌の汚染、騒音、振動、地盤の沈下(括弧内略)及び悪臭によって、人の健康又は生活環境に係る被害が生ずることをいう。」と定められていたから、結局、東京都においては、都市施設である道路の新設、拡幅を含む都市計画によって、人の健康ないしは生活環境が害されることを防止することが、法の保護の対象となっているというべきである。

このように、法は、許可、承認の要件として、良好な都市環境の保持、公害防止計画適合性を要件として掲げることにより、良好な環境を法により保護された利益として位置付けているのであり、右の事業地内に居住し又は同地域内に通勤若しくは通学する控訴人らは、本件各事業により都市施設たる道路が新設又は拡幅されることにより増加する車の排気ガスにより、必然的に良好な環境を害されるおそれがあることは明らかである。そして、右のような環境の保持又は公害防止計画適合性によって実現される法益の究極は、個々人の健康であり、とりわけ、道路を走行する自動車(特にディーゼル車)の排気ガスが付近住民の健康に与える影響はきわめて深刻かつ重大なものであり、重篤な呼吸器系疾患をひき起こし、時として人の生命を奪うことすらある。してみると、法は、かかる重大な健康被害や人の生命についての利益を、専ら一般的公益の中に吸収解消させていると解することはできず、これが帰属する個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨であることは明らかである。」

五  同一八枚目裏九行目の「中央環状新宿線建設計画」から同末行の「並びに」までを削る。

六  同二二枚目表一〇行目及び同裏四行目の各「いえない。」をいずれも「いえず、公共の福祉の増進に寄与するものともいえない。」に改める。

七  同二四枚目表三行目から四行目にかけての「法二条に」を「土地収用法二〇条三号にも、法二条にも」に改める。

八  同二四枚目表七行目の「本件公害防止計画は、」から同裏四行目から五行目にかけての「違反するものである。」までを、次のとおり改める。

「法一三条一項は、都市計画が公害防止計画に適合したものでなければならない旨を定めているところ、本件公害防止計画は、平成三年度末における二酸化窒素、浮遊粒子状物質等の大気汚染物質に関する環境基準値の達成を目標としているから、本件都市計画は、少なくとも右の目標を阻害し悪化させるものであってはならないはずである。そのためには、窒素酸化物についていえば、少なくとも、本件各事業の実施により、交通量の増加がもたらす窒素酸化物の増大より、交通流の円滑化、都心に流入する通過交通の排除等により、都心部総体としては窒素酸化物削減効果の方が大きいことが立証されなければならない。また、本件公害防止計画は、窒素酸化物対策として、「道路の整備に当たっては、必要に応じ環境保全対策を講ずるなど、環境保全に配慮するものとする。」としているから、本件各事業による道路が環境保全対策を講じたものであり、周辺環境の保全に配慮したものでなければならない。しかるに、本件各事業には、右の要件がないばかりか、その施工により、後記(2)および(3)のとおり、二酸化窒素及び浮遊粒子状物質に関する環境基準値の達成を阻害し、その環境を悪化させるものであるから、本件公害防止計画に適合したものとはいえず、法一三条一項各号列記以外の部分に違反するとともに、法一条、二条にも違反するものである。」

九  同二六枚目表六行目の次に、改行して「さらに、本件拡幅事業においては、歩道に植樹帯を設けることにより大気汚染防止効果を期待することが可能であるのに、これを設けていない等の周辺環境に対する配慮もなされていない。」を加える。

一〇  同二六枚目裏一〇行目の次に、改行して「さらに、中央環状新宿線建設計画は、脱硝装置を排気搭及び地上への出入口に設置し、併せて短期高濃度汚染に対する対策を講ずる等の環境保全対策も取られていない。」を加える。

一一  同三一枚目裏一〇行目の「判断をする」を「判断する」に改める。

一二  同三二枚目表二行目の「その事業が」を「その事業につき」に改める。

一三  同四二枚目裏九行目の「2(四)(1)」を「2(四)(2)」に改める。

第三証拠関係〈省略〉

理由

一  当裁判所も、控訴人のうち別紙控訴人目録の控訴人番号一ないし一八二の控訴人らの本件訴えは、不適法であるから却下すべきであり、その余の控訴人らの請求は理由がないから棄却すべきものと考える。その理由は、次のとおり付加、訂正、削除するほかは、原判決の理由説示のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決五〇枚目裏二行目から三行目にかけての「公害防止計画と」を「公害防止計画に」に改める。

2  同五二枚目表五行目の次に、改行して次のとおり加える。

「なお、控訴人らは、最高裁判所平成四年九月二二日第三小法廷判決(いわゆるもんじゅ事件判決)を引用して、その基準によれば、控訴人らはすべて原告適格を有すると主張する。当裁判所は、右最高裁判所判決は、従来の同裁判所の判例を踏襲するもので(このことは、同判決自体が控訴人らの主張するいわゆるジュース表示事件判決(最高裁判所昭和五三年三月一四日第三小法定判決)を含む従来の判例を引用していることに照らしても明らかである。)、前記理由(引用に係る部分)を変更する必要はないものと考える。ただ、右判決は、当該処分を定めた行政法規が、不特定多数者の利益を保護する趣旨の規定である場合であっても、それが帰属する個々人の個別的利益としても保護する趣旨を含む場合があり、係る場合には、処分によりその個別的利益が侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者も当該処分の取消訴訟における原告適格を有する旨を判示したものであり、当裁判所も、もとより、右の判断基準は相当であると考える。そこで、以下において、右の観点からの当裁判所の見解を付加することとする。

控訴人らは、法一三条一項四号の良好な環境の保持及び同条一項の各号列記以外の部分の公害防止計画適合性によってもたらされる利益は、前記控訴人らの個別的な法的利益であると主張するが、右の各利益は、都市計画に係る都市施設の付近住民が等しく享受すべき利益であるから、不特定多数者の利益を保護したものであることは明らかである。そこで、法が、これを専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、これと並んでその利益が帰属する個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むと解されるか否かについて検討することとする。

先ず、控訴人らは、法一三条一項四号が「都市施設は、土地利用、交通の現状及び将来の見通しを勘案して、適切な規模で必要な位置に配置することにより、円滑な都市活動を確保し、良好な都市環境を保持するように定めること。」と定めていることをとらえて、本件各事業地の周辺住民の良好な都市環境の保持は、法によって保護された利益であり、しかも、これは付近住民の個別的利益であると主張する。しかし、右主張は採用することができない。そもそも、法は、その一条及び二条によると、多様化する都市活動が一体として十分な機能を発揮し得るように、都市の健全な発展を図り、公共施設を適切に配置すること等秩序ある整備を図ることにより、健康で文化的な都市生活及び機能的な都市活動を確保しようとするものであり、そのためには土地の合理的な利用が不可欠であるところから、適正な規制のもとに合理的な土地利用が図られるべきであるとしているのである。してみると、法は、土地の個別的な権利と都市計画との間の調節を図り、「健康で文化的な都市生活」及び「機能的な都市活動」の実現を期そうとするものであることが明らかであり、換言すれば、法は、ここにいう「健康で文化的な都市生活」及び「機能的な都市活動」を、法が都市計画を介して実現すべき目的ないしは理念として掲げ、土地利用の制限といういわば私権を制限する手段を用いてでも、その実現を図ることができるようにしたものであって、このような目的の実現によってもたらされる利益は、付近住民が等しく享受できるもの(すなわち公益)であり、不特定多数者の利益に当たることは疑いがない。法が、このように、他の私権を制限してでも、実現すべき公益として、「健康で文化的な都市生活」又は「機能的な都市活動」を掲げていること及び法一六条、一七条は前説示のとおり都市計画に係る付近住民の権利を保障したものと解することはできず他に付近住民の権利を保障する趣旨の規定はないことを総合して考えると、右の公益を実現すべき旨の規定が、同時に、付近住民の享受する個別的利益としても保障した趣旨に出たものでないことは明らかである(ちなみに、これに対比しうる関係を、核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律についてみるに、同法一条とそれが引用する原子力基本法の精神とによると、同法は、原子炉の利用等による「災害を防止し」、「公共の安全を図る」ために、「原子炉の設置及び運転」等の規制を行い、もって「原子力の研究、開発及び利用を促進することによって、将来におけるエネルギー資源を確保し、学術の進歩と産業の振興とを図り、もって人類社会の福祉と国民生活の水準向上とに寄与」することを目的としている。そして、ここにいう「災害の防止」、「公共の安全」は、一面において、不特定多数者の利益を保護するものであることが明らかであるが、規制の在り方いかんによっては「災害の防止」、「公共の安全」の程度に差異が生じうることを考慮すると、他面において、原子炉等の運用により万一起こる災害によって必然的に被害を被る原子炉等の付近住民の個別的利益をも保護する趣旨が含まれていると解されるところである。これに対して、同法が、規制を介して実現を期している対象である「エネルギー資源の確保」や「人類社会の福祉、国民生活の水準向上」等の利益は、専ら公益を保護する趣旨であって、個々人の個別的利益を保護する趣旨に出たものでないことは明らかである。)。

ところで、控訴人らの主張する法一三条一項四号は、法一条及び二条の右の趣旨を、都市計画中の都市施設について改めて宣明したものにほかならないのであって、都市施設の周辺住民が等しく良好な都市環境を保持できるようにすることを定めたもので、周辺住民の良好な都市環境を害されないという個別的利益をも保護した規定であると解する余地はない(なお、控訴人らは、同号の「良好な都市環境」の中には、都市施設の付近住民の生命、身体を保護する趣旨を含むかのように主張するが、「都市環境」とは、一般に、交通、衛生、治安、経済、文化、生活便益等広範な都市における生活環境を総称するものであって、このことは、同項が、市街化区域にあっては道路、公園、下水道を、第一種住居専用地域等にあっては義務教育施設を都市施設として定めるべきことを規定していることに照らしても、明らかである。)。

次に、控訴人らは、法一三条一項各号列記以外の「当該都市について公害防止計画が定められているときは、都市計画は、当該公害防止計画に適合したものでなければならない。」と規定していることをとらえて、法は、本件各事業の付近住民の公害被害を受けない利益を個別的利益として保護したものであると主張する。しかし、右主張も採用することができない。すなわち、同項の規定は、従来、都市は自然の膨張のままに放置され、種々の理由からその規制がされるようになっても、これらが有機的に整合しない限りは、健全な都市の形成、発展は望めないところから、都市計画の基準として他の法律等に基づく計画との整合性のある計画の策定を期したものであって、このことは、同項がその直前において、全国総合開発計画、首都圏開発計画等の法律に基づく国土計画や地方計画、さらには道路、河川、鉄道等の施設に関する国の計画に適合するように定めなければならないと規定していることからも明らかである。換言すれば、法が、同項の各号列記以外において、「当該都市について公害防止計画が定められているときは、都市計画は、当該公害防止計画に適合したものでなければならない。」と定めたのは、公害防止計画を無に帰せしめることがないようにするとともに、都市計画を真に実効性のあるものとするための、専ら公益の保護に出た規定である。仮に、控訴人らの主張するように、これを付近住民の個別的利益の保護をも配慮した規定であるとすると、法は、公害防止計画が定められている都市の住民に対しては、これが定められていない都市の住民と区別して、特別の保護を規定していることとなるが、このような区別が合理的理由を持ちえないことは明らかであろう。

よって、控訴人らの右各主張は、いずれも、本件各事業の付近住民の原告適格を基礎付けるものとはいえない。」

3  同五二枚目裏五行目から同五四枚目表七行目までを次のとおり改め、同八行目の「別紙原告目録の原告番号四〇九ないし四二三の原告らは」を「別紙控訴人目録の控訴人番号一八三ないし一八七の控訴人らは」に改める。「成立に争いのない甲第一七五号証の一、二及び弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる同第一九〇号証によれば、別紙控訴人目録の控訴人番号一八三の控訴人が本件各事業の事業地である地域内に土地の持分権及び建物の区分所有権を有し、成立に争いのない甲第一七六号証の一ないし三及び前掲同第一九〇号証によれば、同番号一八四の控訴人が右地域内に土地及び建物を所有し、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一八〇号証の一、二、同一八四号証、同一八五号証及び前掲同一九〇号証によれば、同番号一八五ないし一八七の控訴人らがいずれも右地域内の土地上に存する建物の賃借権を有していることがそれぞれ認められる。」

4  同五四枚目裏二行目の「別紙原告目録の原告番号一ないし四〇八の原告らが」を「別紙控訴人目録の控訴人番号一ないし一八二の控訴人らが」に、同八行目の「原告らは、」を「控訴人らが、右の法の規定により自己の権利又は法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者に該当しないことは明らかであり、法の他の規定や趣旨を検討しても、法が、右控訴人らの主張する利益をそれが帰属する個々人の個別的利益として保護すべきものとする趣旨を含むものと解することはできないから、」にそれぞれ改める。

5  同五六枚目裏末行の「主張2」を「主張2(三)」に改め、同行の次に改行して「1 都市計画決定の違法と本件各処分の違法事由との関係」を加え、同五七枚目表一行目の「1」を削る。

6  同五七枚目表五行目の「行使に当たるもの」を「行使に当たる行為」に改める。

7  同五七枚目裏六行目の「主張2(三)について」を「主張2(三)の違法事由」に改める。

8  同五九枚目裏四行目から五行目にかけての「右のとおりであり」の次に「(仮に、控訴人ら主張のように、都市計画の決定当時は適法であったとしても、法の施行により都市計画が違法となる場合があるというのでは、前記の法施行法二条の趣旨が没却される結果となり、そのように解することができないことは明らかである。)」を加える。

9  同六〇枚目裏六行目から六二枚目裏末行までを、次のとおり改める。

「法一三条一項列記以外の部分にいう公害防止計画は、公害対策基本法一九条二項に基づき定められるもので、現に公害が著しく、かつ公害の防止に関する施策を講じなければ公害の防止を図ることが著しく困難になると認められる地域等特定の要件がある地域において実施されるべき公害の防止に関する施策に係る計画をいうのであるから、この点を本件公害防止計画(成立に争いのない甲第五二号証)について見てみることにする。

本件公害防止計画は、東京都知事が昭和六三年に、東京都のうち離島部分と日の出町、五日市町、檜原村、奥多摩町の部分とを除いた全域を策定地域として、昭和六六年度(平成三年度)末に公害対策基本法九条の定める環境基準が達成維持されることを目標として策定したものであり、計画の主要課題として、都市地域(二三区及び隣接五市を指す。)における大気汚染対策ほか四課題を掲げている。

そして、大気汚染に係る施策の基本的方向として、「窒素酸化物については、清掃工場等大規模発生源に対する排出量削減指導、都独自の「窒素酸化物削減指導要綱」に基づく指導、民生等小規模燃焼機器対策の推進等環境基準の達成を目指し、新たな施策を講ずる」とし、昭和六五年(平成二年)度目標を設定して、これを達成するための施策として、固定発生源対策として、大規模発生源に対する削減対策の強化、中規模発生源に対する削減指導、定置型内燃機関対策の推進、民生等小規模燃焼機器対策の推進、地域暖冷房の推進を掲げ、移動発生源対策として、自動車排出ガス規制の強化と並んでその他の自動車対策として、「都の推進している「自動車使用合理化指導標準」に基づき共同輸・配送等、物資輸送の合理化など交通量の抑制、信号機の高度化、交通管制センターの整備等交通管制システムの整備、必要な交通規制の実施、幹線道路の交差点の立体化を図るとともに、環状道路等の道路網の整備を行う。なお、道路の整備に当たっては、必要に応じ環境保全対策を講ずるなど、環境保全に配慮するものとする。」としている。

ところで、法一三条一項は、「当該都市について公害防止計画が定められているときは、都市計画は、当該防止計画に適合したものでなければならない。」と規定するが、ここにいう公害防止計画が、当該地域において実施されるべき公害の防止に関する施策に係る計画を指すことは明らかであるから、法は、公害防止計画に盛られた施策との間の適合性を要求していることは明らかであり、したがって、都の施策の実施を不能にし又は著しく困難にする場合及び都の実施する施策の効果を直接減殺するような場合には、これに適合しないこととなるが、都市計画が公害防止計画に盛られた施策に積極的に寄与することまでも要求する趣旨でないことは明らかである。

控訴人らは、本件公害防止計画が平成三年度末に環境基準が達成されることを目標として掲げていることをとらえて、本件各事業がこれが達成を阻害ないし悪化させるものであれば、本件公害防止計画に適合しないこととなると主張するが、その失当であることは、前説示により明らかである(そもそも、都市計画と環境基準の特定の時期までの達成の可否とは、比較可能性のない事柄であり、仮にすべての都市計画が環境基準値の特定の時期までの達成に支障のないものに限られるとすると、各都市計画毎にその時点での環境基準値と現況との乖離を検討しなければならないこととなるだけでなく、都市計画が策定される時期の前後によって、公害防止計画適合性の有無の判断に不整合の余地を残すこととなり、かくては法の期待する都市計画の目的を達することはできないこととなるから、このような解釈を採りえないことは明らかである。)。

そこで、さらに進んで、右の見地から、中央環状新宿線建設計画が、本件公害防止計画に適合するか否かについて検討する。右建設計画は、その設計の概要が原判決別紙事業目録二の三2記載のとおりで、これにより、首都高速道路の都心環状線を通過する交通の迂回、分散を図り、放射線を含む首都高速道路全体の効率的利用及び高速道路本来の機能を発揮させるとともに、一般環状道路からの利用転換を図ることにより周辺街路の混雑を緩和し、さらには渋谷、新宿、池袋の三副都心の育成を介して東京の多心型都市形成に資することを目的とするもので、もとより、前記本件公害防止計画の窒素酸化物対策の実施を阻害したり、その実施による効果を減殺するものでないばかりでなく、同対策が道路の渋滞を解消させることにより窒素酸化物の削減を図ろうとする思想と一致するものと言うことができる。してみると、右中央環状新宿線建設計画は、本件公害防止計画に適合していることが明らかである(なお、控訴人らは、本件公害防止計画が「道路の整備に当たっては、必要に応じ環境保全対策を講ずるなど、環境保全に配慮するものとする」としている点をとらえて、本件地下道路事業には、脱硝装置の設置、短期高濃度汚染対策がされていないから、右計画に適合しないと主張するが、右計画に示された窒素酸化物対策は、他の部分が、固定発生源対策、移動発生源対策とも具体的であるのに比し、控訴人ら主張の道路整備に当たっての環境保全については、右のとおり抽象的な表現に止まっていることに照らしても、また、いずれも成立に争いのない甲第一九四号証、乙第六〇ないし六二号証によって認められる、本件公害防止計画が策定された昭和六三年はもとより、本件承認がされた平成三年当時においても、現実の道路整備に伴って実施できるような低濃度脱硝技術及び短期高濃度汚染の防除策は、開発されていなかったことに照らしても、控訴人らの主張する脱硝装置の設置又は短期高濃度汚染対策が施されていないことをもって、中央環状新宿線建設計画が本件公害防止計画に適合しないということはできない。)。

次に、本件公害防止計画の浮遊粒子状物質対策の記述をみると、「浮遊粒子状物質は、固定発生源、移動発生源及び自然界に起因するもののほか、二次的に生成されるものなど複雑多岐であるため、現状では発生源別の実体把握及び発生源と環境濃度との関係などについて未解明な部分が残されている。環境基準の確保のためには、これらの調査研究を進め、汚染予測モデルを開発し、削減手法を確立する必要がある。」との認識を示した上、施策については、次のとおりとしている。すなわち、「環境基準の達成を目途に、移動発生源に対する黒煙規制と併せ、固定発生源に対するばいじん等の削減対策を講ずる。ア 大気汚染防止法及び東京都公害防止条例に基づくばいじん規制、粉じん規制の遵守及び集じん装置の維持管理の徹底を引き続き実施する。イ 良質燃料の使用指導、地域暖冷房の加入促進を引き続き推進する。ウ 削減対策を確立するため、次のような調査研究を進める。〈1〉一時汚染物質が大気中で反応し、浮遊粒子状物質を生成する機構に関する調査研究 〈2〉固定発生源・移動発生源からの排出量及び自然界からの寄与率の解明に関する調査研究 〈3〉汚染予測手法の確率に関する調査研究」

以上を要するに、浮遊粒子状物質については、その発生、拡散のメカニズムすら十分に解明されていないため、本件で問題となる移動発生源に対する具体的な施策としては、黒煙規制(特にディーゼル車に対するもの)を揚げるに止まっており、してみると、中央環状新宿線建設計画が、本件公害防止計画が定める対策を困難にし又はその実施の効果を減殺するということもできないから、右都市計画は、本件公害防止計画に適合するものというべきである。」

10  同七〇枚目裏六行目の「及び(三)」を削る。

二  よって、原判決は相当であり、本件控訴はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担について民事訴訟法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 野田宏 田中康久 森脇勝)

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